2012年07月25日

病気

とある精神疾患10年以上経ちます。病感を感じたのは、大学2年生の頃で、頭が働かなくなって、成績も落ち、夜も眠れなくなりました。それでも、必死で普通の生活を心がけていました。音楽漬けだったのが、幸いです。ライブにも、行きまくりました。楽しかったです。その後の、奇妙な精神状態といったら、今だから言える大変なことでした。聴こえないはずの声が聴こえたりしていました。大好きだった彼にも相談出来ず、孤独と闘ってました。だから、3年以上も付き合ったバカップルだったのに、別れを告げられちゃったのだと思う。愛情に飢えていたのに、甘えられず、反対に会いたくないみたいな感じで過ごしていたから、別れを告げられたのも当たり前の事ですね。

本格的に、病院へ行きだしたのは、大学4年の4月です。別れた後の2番目の彼(苦笑)が、病院へ行った方が良いよとアドバイスしてくれました。その頃は、自分が4人に分裂していたのです。幻覚ですね。病名は告げられず、薬だけもらって、眠れないので飲んでいました。彼の家で初めて薬を飲んで、ころっと眠れたのが印象に残っています。その後、研究を続けながらも悪化の経過を辿り、入院。同年代がたくさんいて、話も盛り上がって、精神病棟としては、最初は辛かったものの楽しかったです。鍵のかかった部屋に閉じ込められていて、狂ってなんかないと思っていました。外に出られたときは本当に嬉しかったなー。退院後、すぐに研究室に入って、狂ったように勉強しました。薬の影響か病気の影響か分からないけど、頭にほとんど内容が入ってこなくて苦労したことを鮮明に覚えています。生活のリズムは崩れ、精神的にも限界を感じたけど、何とか院試を突破。卒論も卒論発表も突破。勉強で、こんな苦労したことありませんでした。

大学院に入り、研究に没頭する中、聴こえないはずの声が聴こえて集中出来ず、声も、自分を非難する声ばかりだったので辛かったです。その頃は、本当に自分に霊が取り憑いているのだと思い、坊主にして出家する準備をしたりしていました。あまりにも辛くて、実家に帰って療養することにしました。

実家に帰って初めて行った病院が、紹介状も読まず、顔を叩き薬だけ出されるといった酷い病院でした。今は潰れました(笑。薬も、出してはいけない薬で今は禁止されているものでした(笑。それでも、時間が解決してくれて、また研究したい!と思い、名古屋へ。また、研究に没頭して悪化。そして再び実家へ。そして、今通っている病院に通いだしました。色々な検査をした結果、統失であるということが判明し、自宅療養となりました。まあ、名古屋にいた頃から、統失って診断されていたのですけどね。きちんと服薬すること、睡眠時間を確保すること、などを当時の主治医の先生は言っていたけど、私は言葉を発することすら出来ませんでした。言葉が出ないのです。声は聴こえ続け、声に従ったりもしました。また、時間が解決してくれて研究したい!と思い、名古屋へ。そこで、違う病院に行って主治医の先生が女医さんになりました。大学院を卒業したいという目標を伝え、きちんと服薬していました。でも、声は聴こえたままでした。それが幻だと分かったのは、大学院を中退して、実家に帰り、自殺未遂をして(バカですね)、1週間意識不明の重体になり、再び精神病院に入院して、薬剤師さんが、病気の説明をしてくれてからです。薬を変えて、食慾旺盛になり10キロ近く増えました。それでも、それ以上増えなかったせいか、血液検査の結果が良かったせいか、私が薬で太ったと分からなかったせいで、薬は変わらなかったです。で、食べ過ぎて困りますと、今通っている病院の以前の主治医の先生に相談したところ、それは薬の副作用ですよ、とのことでした。明らかに、過食でした。それ以前にも色々あり、7回も入退院を繰り返しました。バカです。

今の、処方になってからは、爆発しそうになった時に、臨時でセレネースとアキネトンの注射を打たなくなりました。やれやれ。親に、学費と生活費を無駄に出させてしまったことを今でも後悔しています。今では、出来ないと思ったことは、出来ないと割り切っています。徐々に出来るようになってきていますし。音楽は、欠かせないですねー。新薬のメジャートランキライザー2種、デパケンR、睡眠薬などで落ち着いています。本当は、新薬のメジャートランキライザーは1種類にした方が良いらしいのですが、減らすとどうも調子を崩します。不眠になったり、声が大きくなったり。感情がなくなったり。辛くても涙も出ないんです。でも、今はこうして音楽を聴いて、同じ障害を持った相方とドライブしたりして、楽しくのんびり過ごしています。相方は、症状が薬で安定しているので、普通に働いています。同い年の隣の地区です。今日も、相方のお母さんの実家の由比へ行って、我が愛犬を連れて行って沢で沢ガニをとったりとか、ご飯したりとかしました。

とうことで、結論は私は幸せで元気です。ただ、いんせいしょうじょうとようせいしょうじょうとにんちきのうしょうがいが残っています。不眠も残っています。それでも、妹がフランスから1年に1回帰ってくるたびに、お姉ちゃん、だんだん良くなってる!と言ってくれます。とても遠回りをしたけど、強がりで、無理をしたけど、元気です。

最近は、グレイプバインのライブ盤にはまっています。ロッキンな感じのが聴きたくて、でプログレっぽくて、大学時代の甘酸っぱい思い出を思い出しながら、あー、素敵なメロディにダイナミックな演奏だなあと感動しながら聴いています。寝るときの音楽は、必ず、2001年のライブ盤です。その当時、大学時代の親友Rと一緒にライブに行ったから、楽しい思い出が多いのです。バインの名古屋でのライブは、観客が悪かったので、1回しか行かなかったけど、ライブ盤聴くと、観客のことなんて忘れて、ダイナミックなプログレっぽい演奏と癖になるメロディに酔いしれています。

今は、妹ファミリーが実家に帰省しているので、あんまり音楽をがんがん聴いている感じではないですね。今週末のフジロックが、羨ましくてたまりません。でも、行けるような状態じゃないことを把握しているので、行かないですが、いつか行けたらば、名古屋のCRJやクラブ、ライブで知り合った友達、東京でネットを通じて知り合った友達などと、バカをしたいですね(笑。根が、バカをしたいタイプなのですよ。でも、年が年ですし、少々恥ずかしい気もします。クラブで踊ったりもしたいですね。ライブで、はしゃいだりもしたいですね。したいことだらけです。しかも、全部エンターテイメント(笑。趣味の研究は、どうなったことやら。

富士市にキセルとか来てくれないかなー。
posted by ゆりか at 20:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 医学
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